BERT JANSCH ディスコグラフィ
オリジナルアルバム (*Pentangle albums, +compilations)
<<Transatlantic>>
1)Bert Jansch (1965) TRA125(21歳)
2)It Don't Bother Me (1965) TRA132(22歳)
3)Jack Orion (1966) TRA143(23歳)
4)Bert And John (with John Renbourn)(1966) TRA144(23歳)
5)Nicola (1967) TRA157(24歳)
6)*The Pentangle (1968) TRA162(25歳)
7)*Sweet Child (1968 ) TRA178(25歳)
8)Birthday Blues (1969) TRA179(26歳)
9)*Basket of Light (1969) TRA205(26歳)
10)*Cruel Sister (1970) TRA228(27歳)
11)Rosemary Lane (1971) TRA235(28歳)
12)* Reflection (1971) TRA240(28歳)
<<Reprise>>
13)* Solomon's Seal (1972) K44197(29歳)
14)Moonshine (1973) K44225(30歳)
<<Charisma>>
15)L.A. Turnaround (1974) CAS 1090(31歳)
16)Santa Barbara Honeymoon (1975) CAS 1107(32歳)
17)(Poor Mouth (1976) EXL 20.011 ,released by ExLibris, Denmark)(33歳)
18)A Rare Conundrum (1977) CAS 1127(34歳)
19)(Avocet (1978) EXL 30.005 ,released by ExLibris, Denmark)(35歳)
20)Avocet (1979) CLASS6(36歳)
<<Kicking Mule>>
21)Thirteen Down (1980) KM309(37歳)
<<Logo>>
22)Heartbreak (1982) LOGO 1035(39歳)
<<Konexion>>
23)From The Outside (1985) KOMA788008(42歳)
<<Spindrift>>
24)* Open the Door (1985) SPIN 111(42歳)
<<Making Waves>>
25)* In the Round (1986) SPIN 120(43歳)
<<Black Crow>>
26)Leather Launderette (with Rod Clements)(1989) CRO 218(46歳)
<<Pläne>>
27)* So Early in the Spring (1989) CD88649(46歳)
<<Temple>>
28)Sketches (1990) COMD2035(47歳)
<<Run River>>
29)The Ornament Tree (1990) RRA CD0012(47歳)
<<Hypertension>>
30)* Think of Tomorrow (1991) HYLP 200 112(HYCD 200 112)(48歳)
<< Permanent Records>>
31)* One More Road (1993) SPV 084-92962(50歳)
<<Demon Soundtracks>>
32)+ Acoustic Routes (1993) CODE 90(50歳)
<<Hypertension>>
33)* Live 1994 (1995) HYCD 200 152(52歳)
<<Cooking Vinyl>>
34)When The Circus Comes To Town (1995) COOK CD 092(52歳)
35)Toy Balloon (1998) COOK CD 138(55歳)
<<Castle Music>>
36)Crimson Moon (2000) WENCD211(57歳)
<<Sanctuary>>
37)Edge of a Dream (2002) SANCD136(59歳)
<<Drag City>>
38)The Black Swan (2006) DC325(63歳)
ライブアルバム
a)Bert Jansch Live at La Foret (with Martin Jenkins)(1980)
b)BBC Radio 1 Live in Concert (1993)
c)Live At The 12 Bar: An Authorised Bootleg (1996)
d)Young Man Blues (1998)
e)Downunder: Live In Australia (2001)
f)The River Ressions (2004)
g)Fresh As a Sweet Sunday Morning (2007)
関連アルバム
<<Christabel>>
h)After The Long Night (1985 by Loren Auerbach)
i)Playing The Game (1985 by Loren Auerbach)
http://www15.plala.or.jp/mitan/Bert_Jansh_HP/sub1.html に素晴らしい詳細な資料があります。
バイオグラフィ
バート・ヤンシュ(Bert Jansch, 1943年11月3日 - 2011年10月5日)は、スコットランドのフォークミュージシャンであり、ペンタングル創立メンバーのひとりである。本名はHerbert Jansch(ハーバート・ヤンシュ)。
[人物]
グラスゴーに生まれ、活動初期には「英国のボブ・ディラン」と称されることもしばしばあった。しかし必ずしもその通りではなく、バート・ヤンシュの最高の仕事は、ボブ・ディランとは違って歌詞では無く、常にインストゥルメンタルに寄るものである。
1960年代にギタリストのデイヴィ・グレアムとアン・ブリッグス(Anne Briggs)らフォークシンガーから大きな影響を受け、また、ジョニー・マー、バーナード・バトラー、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤングらに影響を与えた。2001年のBBC RADIO 2のフォーク・アウォーズ( Folk Awards )では、ライフタイム・アーカイブメント・アウォード( Lifetime Achievement Award、"生涯の功績を称える賞"の意 )を受賞した。
2011年10月5日、癌のため英国ロンドン北部ハムステッドのホスピスで死去67歳没。
[活動の記録]
[初期]
バート・ヤンシュは1943年にグラスゴーで生まれた。エディンバラに育ち、ペニーウェル小学校とエインズリーパーク中学校に通う。10代の頃にギターを手にし、ロイ・ゲスト(Roy Guest)と地元のフォーククラブを訪問し始めた。そこでアーチー・フィッシャー(Archie Fisher)とジル・ドイル(Jill Doyle)に出会う。彼らはビッグ・ビル・ブルーンジー、ピート・シーガー(Pete Seeger)、ブローニー・マギー(Brownie McGhee)とウディ・ガスリーの音楽をバート・ヤンシュに紹介した。
苗木業者として働いた後、音楽に専念するようになる。イギリスのあちこちのフォーク・クラブ(folk club)で一夜限りの演奏を2年間程続け、この音楽修行の間に、マーティン・カーシー(Martin Carthy)やイアン・キャンベル(Ian Campbell)、アン・ブリッグス(Anne Briggs)から影響を受けた。例えば「Blackwaterside」や「Reynardine」のような、後の演目の中で重要な位置を占めることとなる楽曲を学んだのであった。
1963年から1965年にかけてヨーロッパ一円を一人で放浪した。バーやカフェへ飛び込みで演奏をしつつ、あちこちへとヒッチハイクしたが、モロッコで赤痢に感染しイギリスへ送還された。
[1960年代 ロンドン]
1960年代中頃のロンドンではフォークミュージックへの関心が芽生えつつあった。その中、バート・ヤンシュはロンドンへ移り住み、エンジニア兼プロデューサーのビル・リーダー(Bill Leader)に出会った。
ビル・リーダーは自宅でバート・ヤンシュの演奏をオープンリールテープに録音すると、トランスアトランティック・レコーズ(Transatlantic Records )に99ポンドで売った。そのテープから制作されたアルバム「Bert Jansch」は1965年に発表される。次いで「It Don't Bother Me」と「Jack Orion」の2枚のアルバムを発表した。
「Jack Orion」には「Blackwaterside」の最初の録音が収録されている。この楽曲は、後にジミー・ペイジによって改曲され、「Black Mountain Side」としてレッド・ツェッペリンも収録した。
バート・ヤンシュは「有名なロックバンドのよく知られているやつがその演奏を持っていったんだ。自分達の録音にそのまま使っているよ。」と話している。(だがヤンシュの「Blackwaterside」も原曲は英国の女性フォークシンガー、アン・ブリッグス(Anne Briggs)の作品であることが判明している。)
ロンドンではジョン・レンボーン(彼とはロンドン北部にあるキルバンのフラットで共同生活をしていた)、デイヴィ・グレアム、ポール・サイモンら、革新的なアコースティック・ギタープレイヤーとも出会う。そして、オールド・ブロンプトン通りのトゥルバドール(The Troubadour)や、ソーホーのグリーク街にある「レ・クザン」(Les Cousins)など、あちこちのクラブに集まり演奏をした。
ジョン・レンボーンはトテナム・コート通りに「蹄鉄フォーククラブ」(Horseshoe Folk Club)を開く。ここでジョン・レンボーンとバート・ヤンシュは一緒に演奏し、2台のギターが複雑に絡み合う演奏様式を生み出した。これはしばしば「フォーク・バロック」と称されている。1967年に2人が作製した「Bert and John」は、この様式が極めて顕著に示されているアルバムである。
ジャッキー・マクシーが2人のギタリストと歌い始めたのも「蹄鉄フォーククラブ」であった。更にダニー・トンプソン(コントラバス)とテリー・コックス(ドラムス)が参加し、「ペンタングル」が生まれた。
1968年にヘザー・シューウェル(こ の時はまだ芸術を志す学生であったが、やがてヘザー・ヤンシュの名で有名な彫刻家になる)と結婚する。彼女は、何曲かの歌と器楽曲は、ヘザーとの出会いに よって生まれた。分かりやすいのは1968年のアルバムにある「Miss Heather Rosemary Sewell」と、1971年のアルバム「Rosemary Lane」にある「Birthday Blues」である。また、「M'Lady Nancy」も、名前は違うがヘザーのために書いたとバート・ヤンシュは言っている。
[1968年から1973年 ペンタングル時代]
ペンタングルの最初のメジャーなコンサートは1968年のロイヤル・フェスティバル・ホールで開かれ、その年に最初のアルバムを発表する。バート・ヤンシュはソロ活動は諦め、海外への演奏旅行とアルバム制作という大変な仕事に取り組んだ。ペンタングルはフォークミュージックグループと捉えられていたが、自分達自身の作品を多く演奏し、バート・ヤンシュは多くの作曲を担当した。
ペンタングルは1973年に解散。その後、妻と共にウェールズのランピーター近くの農場を手に入れ、公演活動からは一時身を引いた。この間、ギタリストのデイブ・エリス(Dave Ellis)が「新バート・ヤンシュ」と呼ばれるようなこともあった。
[1970年代後半]
農民として2年過した後、妻と家族の元を離れて音楽へと戻った。1977年にマイク・ピゴット(Mike Piggott)、ロッド・クレメンツ(Rod Clements)、ピック・ウィザーズ(Pick Withers)とアルバム「A Rare Conundrum」を作製する。更にマーチン・ジェンキンズ(Martin Jenkins)(バイオリン)とナイジェル・スミス(Nigel Smith)(ベース)を加え、「カナンドラム」( Conundrum )("難問"の意)を結成。オーストラリア、日本、アメリカへと、6ヶ月かけて公演旅行をした。
公演旅行を終えカナンドラムは解散。バート・ヤンシュはアメリカで6ヵ月を過ごし、アルバート・リー(Albert Lee)とアルバム「Heartbreak」を作製した。
そしてイングランドに戻ると、フルハムのニューキングズ通りに「Bert Jansch's Guitar Shop」を開いた。
[1980年代]
1980年代に入ってペンタングルは新メンバーで活動を再開。当初メンバーからはバート・ヤンシュとジャッキー・マクシーが参加した。
[1995年以降]
1995年以降、ロンドンのデンマーク通りにある「12 Bar Club」でしばしば演奏した。そこでのライブ録音「Live at the 12 Bar」は、当初、私家版として作製したが、1996年に公式に発表する。2002年には、バーナード・バトラー(Bernard Butler)やジョニー・"ギター"・ホッジ(Johnny "Guitar" Hodge)と一緒に、ロンドンのジャズカフェで生演奏をした。また2005年には、活動初期に影響を受けたデイヴィ・グレアムと再び組んで、小品の演奏会をイングランドとスコットランドで開いている。
[バート・ヤンシュの音楽性]
バート・ヤンシュの音楽は多彩な分野から影響を受けている。フォーク(アン・ブリッグス(Anne Briggs)とA.L.ロイド(A.L. Lloyd))、ジャズ(チャールズ・ミンガスとジョン・コルトレーン)、古楽(ジョン・レンボーンとジュリアン・ブリーム)、インド音楽(ラヴィ・シャンカル)、そして更に多くの分野からも。これらから、バート・ヤンシュ自身のギタースタイルを蒸留し生み出した。
奏法の特徴は、ベイシックなクルーハンマー(clawhammer)スタイルを取りつつ、余り使われないコードや、コードに音を加えるところにある。
もうひとつの特徴は、高音弦を半音ベンドする間、低音弦のコードを抑える奏法である。こらは「Reynardine」のような楽曲においてはっきりと聴くことができる。デミニッシュ5thから完全5thまでベンドしている。
多くのギタリストと同様に、ベンドは彼の奏法の特徴である。少し少なくベンドすることによって、僅かにシャープ、あるいは、フラットな音を生み出し、全音階とは違う印象をもたらしている。(from Wikipedia)